プライドの高さはどこから生まれるのか?

日記

プライドが高いというのは、あまり褒め言葉として使われていないですね。

どちらかというと、陰口で使われる言葉というイメージがあります。

筆者はなるべくプライドを高く見せないようにしています。

基本的にどんな人間もプライドは高いものだと勝手に思っています。

しかし、プライドが高いと周りからとっつきにく、扱いにくい、話しづらいとなり孤立してしまう気がします。

ですので、なるべくプライドの高さを気取られないようにしているつもりです。

そんなプライドについてですが、あえてプライドが高いと揶揄されるのは行き過ぎているからだと思います。

プライドが高すぎる!といったニュアンスを、あいつはプライドが高いと言っている気がします。

そんなプライドの高さはどこから生まれてくるのかを考えてみました。

プライドの高さはどこから生まれる?

プライドの高さは小さい頃から、やりたくないことを我慢しながらやってきたために身に付いた技術が、なんらかの形で今の生活の役に立っている状態なのかなと思います。

筆者は現在アラサーなので、約30年生きてきたことになります。

筆者が生まれた頃は、今から約30年前になりますが、時代背景としては個性を尊重すると言いながらも、欠点を無くすといった教育方針だった気がします。

個性を尊重する場合は、欠点を補うというよりも長所を伸ばすと思います。

しかし、現実には弱点を無くす方向の教育の中で育ちました。

そうなってくると、基本的にやりたくないこと(苦手なこと)をやらされることになります。

 

なにごとも続けていると、なんかそれなりのものになりますよね。

親が世界のすべてだった子供時代に、なかなか反抗することは難しいと思います。

反抗期に爆発することはあると思いますが、逆に言えばそれまでは言いなりになってしまっているということです。

極端ですが、やはりこういった側面はあると思います。

 

その際に、身に付いたなんらかの技術があります。

見えないところでサボる、誰かの手柄を横取りする、作り笑顔が上手い、知ったかぶりしてその場しのぎ、などなど、ネガティブな技術を身に付けることがあります。

もちろんポジティブな側面もあると思いますが、やりたくないことをやっていた場合は、どうしても避けてしまいます。

逃げるのとは違い、子どもの頃ですので単純にやりたくないという気持ちが強いです。

 

例えば上記に挙げた、作り笑顔が上手い、というのは社会においても役に立つことの多い技術です。

よく見れば分かるかもしれませんが、人は人のことをそこまで見ていないので、なんとなく雰囲気で笑顔だったらいい人っぽく見えます。

本人の心の中では、一切笑っていなくてもです。

また、嫌いな人に対して満面の笑顔を向けることが出来る人がいます。

これが、やりたくないことを無理矢理やらされてきたが故に身に付いた技術の一例です。

 

こうなってくると、周りから見ると良い子に見えると思います。

いつもにこにこして、親の言うことを聞いて反抗しない。典型的な優等生に見えます。

 

しかし、実際には自分の感情を笑顔の下に隠しているだけの上っ面なので、心の中はどろどろです。

こういったどろどろが、思春期に爆発するのかなと思います。

ある程度は、外に発散できるのでしょうが、それでもやはりすべてを吐き出すことは難しいと思います。

そのまま自分の技術として残ってしまったものを、そのまま使い続けると板に付いてきます。

始めはやりたくも無かったことなんですが、数十年も続けているとやはり板に付いてしまうでしょう。

やりたいことをやって、周りの人に喜ばれた子どもは、やりたいからやっているから始まり、次第に周りの人に喜んでもらえるから、さらに続けるといった形が理想的です。

こういった場合は、素直に育っているので技術はありながらもプライドが高い人間にはなりにくいと思います。

プライドの高い人は、小さい頃から親や周りの人間の顔色を伺いながら生きてきた人なのかなと思います。

資格といった見えないスキルなので、どうしてもプライドが高いといったネガティブな言葉で片づけられがちです。

しかし、そのプライドの高い人物にも歴史がありいろいろ頑張ってきたのだと思います。

背景を考えると、なかなかしんどい想いをされてきたのかなと思います。

だいぶ多様性が認められてきたおり、住みやすくなってきたと感じています。

1人1人、大切にして思いやりを持って生活していきたいと思いました。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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